5年に一度の“ピアノの祭典”で、日本の才能が輝く
ポーランド・ワルシャワで開催された第19回ショパン国際ピアノコンクール(2025年10月)。
世界各国・地域から過去最多となる642人のピアニストが応募し、予備審査を経て84人が出場(うち日本人13人)。
三次予選を勝ち抜き、11人がファイナルへ。
その中で、日本の桑原志織(くわはら・しおり/30歳)は見事第4位に入賞した。
「自分のできることはやり切ったかなと思っています。結果がついてきて光栄です。」
——朝日新聞(2025年10月21日)
この言葉がすべてを物語るように、彼女のショパンは“静かなる情熱”に満ちていた。
幼少期から音楽に親しみ、東京藝大からベルリンへ
桑原志織さんは東京都杉並区荻窪生まれ。
4歳でピアノを始めるが、幼いころはバレエや水泳など身体を動かすことが好きだったという。
中学時代にステージで演奏する楽しさに目覚め、東京藝術大学附属音楽高等学校へ進学。
2013年のピティナ特級銀賞を皮切りに、国内外のコンクールで実績を重ねた。
藝大では伊藤恵氏に師事し、2018年に首席で卒業。
同年からベルリン芸術大学大学院へ留学し、国家演奏家資格課程を修了。
2019年ブゾーニ国際ピアノコンクール第2位、2021年ルービンシュタイン国際ピアノコンクール第2位、2025年エリザベート王妃国際音楽コンクールファイナリストなど、輝かしい経歴を重ねてきた。
審査員の門下に属さず、独自の音を追求
第19回ショパン・コンクールで話題になったのは、
桑原が審査員の誰にも師事していないという点だ。
多くの入賞者が審査員の門下生という構図が珍しくない中で、
完全に“フリーな立場”から純粋な音楽性で勝負した。
wikipediaによれば、彼女は斎藤恵美子、須田眞美子、伊藤恵、クラウス・ヘルヴィッヒに師事。
加えて中村紘子、ミッシェル・ベロフ、パスカル・ロジェなどのレッスンも受けている。
つまり、どの国の学派にも偏らない、柔軟で多面的な演奏スタイルを培ってきたと言えるだろう。
世界三大コンクール・エリザベートからショパンへ──運命を変えた一本のメール
2024年秋、桑原志織はベルギーの「エリザベート王妃国際音楽コンクール」に応募していた。
締切間際の11月、書類を提出した直後にショパン・インスティテュート(NIFC)から一通のメールが届く。
それは「過去の主要国際コンクールで第2位以上を獲得したピアニストは、書類審査と予備予選を免除して本大会に出場可能」との知らせだった。
「私が免除で出ることで、予備予選から出られなくなる人がいる。
すぐに“ラッキー!”とは思えなかった。」
——ebravoインタビューより
3週間悩み抜いた末に彼女は出場を決意する。
その選択が、人生の大きな節目を開くことになる。
静かな勇気が、ワルシャワの舞台に導いたのだ。
ブランクを経て、再びショパンと向き合う
「お客様の前でショパンを弾くのは、10年ぶりくらいでした。」
——ebravoインタビュー(2025年10月24日)
2021年のルービンシュタイン以来、ドイツ・ロマン派を中心に活動していた彼女にとって、
ショパンは“再会”だった。
テクニックの根本から見直し、ショパン特有の音色を追求する日々。
「まるで新しい自分を発見するようだった」と語っている。
一次〜三次予選の軌跡:音で語る“成長曲線”
ショパンコンクールでは、各ステージが物語のようにつながっていった。
以下の映像は公式YouTube(Chopin Institute)より。
それぞれのステージで変化する音色の成熟を感じてほしい。
一次〜三次予選の軌跡:音で語る“成長曲線”
ショパンコンクールでは、各ステージが物語のようにつながっていった。以下の映像は公式YouTube(Chopin Institute)より。それぞれのステージで変化する音色の成熟を感じてほしい。
一次予選
桑原志織さん/第19回ショパン国際ピアノコンクール 一次予選(公式チャンネル)
出典:Chopin Institute Official Channel(YouTube)
二次予選
桑原志織さん/第19回ショパン国際ピアノコンクール 二次予選(公式チャンネル)
出典:Chopin Institute Official Channel(YouTube)
三次予選
桑原志織さん/第19回ショパン国際ピアノコンクール 三次予選(公式チャンネル)
出典:Chopin Institute Official Channel(YouTube)
ファイナル──“自然体のアンサンブル”が生んだ幸福感
ファイナル
桑原志織さん《幻想ポロネーズ》/第19回ショパン国際ピアノコンクール(公式チャンネル)
出典:Chopin Institute Official Channel(YouTube)
ファイナルでは《幻想ポロネーズ》と《ピアノ協奏曲第1番》を披露。
オーケストラとの初共演だったというが、
「努力ではなく、自然体同士が重なり合うような感覚でした。」
と振り返る。
指揮のアンドレイ・ボレイコ、ワルシャワ国立フィルとの呼吸はまるで長年の共演者のよう。
静かな熱量の中でホールが包まれ、
“コンクールを超えた音楽”がそこにあった。
荻窪から世界へ──地域に育まれた音楽の翼
桑原志織は東京都杉並区荻窪の出身。
高校時代から「荻窪音楽祭」に出演し、地域とともに歩んできた。
「荻窪から世界へ羽ばたく音楽の翼」
——荻窪音楽祭公式サイト(2025年10月24日)
2024年には地元・荻窪祝祭管弦楽団の定期演奏会でブラームス《ピアノ協奏曲第2番》を演奏。
その翌年、ワルシャワでショパンを奏で、世界の舞台へ。
地域で育まれた音が、いま世界に響いている。
これからの音楽──「癒し」と「共鳴」を届けたい
「音楽には、美しいだけでなく、怒りや悲しみも含まれています。
でも、その中で少しでも心が解き放たれる瞬間を届けたい。」
——桑原志織(ebravoインタビューより)
孤独な練習を経て生まれる一音一音。
その音が人の心を動かすからこそ、彼女は“音楽の力”を信じ続けている。
ショパン・コンクールを経た今、桑原志織のステージはさらに深く、静かに輝いていくだろう。
FUKUSUKEの感想
私はクラシック音楽が好きな聴く専門の素人です。
でも、桑原志織さんの音は他の誰とも違って聞こえました。
音に角がなく、まろやかで、それでいてクリア。
心地よく耳に届くその音は、まるで“空気を包む光”のよう。
同じピアノでも、弾く人によってこれほど音質が変わる不思議を実感しました。
彼女の音には“あたたかさ”と“静けさ”が同居していて、
聴いているだけで癒され、涙が出そうになります。
生の音をホールで聴いてみたい。
私の中では、このショパン・コンクール、間違いなく1位です。
人生の転機が導く、新しい光
桑原志織のショパン・コンクール出場は、偶然の連続が導いた“新しい扉”だった。
ふとした瞬間に届いた一通のメールが、彼女の人生を大きく動かしたように、
人生は時に、予期せぬ終わりと始まりが絡み合いながら続いていく。
私自身もまた、長く勤めた会社の倒産という終わりを経験した。
けれど、その出来事があったからこそ、“デザインとことばで生きる”という新しい挑戦を決意できた。
桑原さんのまっすぐな音のように、暗闇の中でも小さな光を信じて歩きたい。
出典・参考
- 朝日新聞デジタル
- 集英社 新書プラス/青柳いづみこ 現地レポート
- ebravoインタビュー(高坂はる香)
- 荻窪音楽祭公式サイト
- Wikipedia「桑原志織」
荻窪から世界へ。そして、ショパンの魂へ。


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